ナツ☆日記

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戦後70年

今年は戦後70年です。沖縄戦は太平洋戦争で唯一の地上戦とも。私のひいおじいちゃん、ひいおばあちゃん、おじさん、沢山の人がその戦争で死にました。私のおじいちゃんもフィリピンに兵隊として闘いにいき、足に銃弾を残したまま日本に戻ってきました。私達孫にはとてもやさしい穏やかなおじいちゃんでした。足に残った銃弾もたまにさわらせてくれたり、戦争中の話も少しだけしてくれました。おばあちゃんもあのときは大変だったさ〜と穏やかに話してくれました。きっとそんな穏やかな口調は似合わないくらい壮絶な体験だっただろうなと今だったら思います。あのおだやかなおじいちゃんも、戦争から戻って来て二年くらい行方が分からなくなっていたとおじいちゃんが死んでから聞きました。皆、戦争で兄二人も戦死していまったこともあり、心が病んでしまっていたんだろう、と話していました。

全くもって何も悪い事もしていないのに、沖縄は捨て石として突然日本とアメリカの戦争に巻き込まれ、私のひいおじいちゃんやおじさんは死んじゃったんだと思うと、私も悲しいし悔しいです。

2000年に沖縄でサミットが開催されました。今日初めて、クリントン元大統領が平和記念公園を訪れた際のスピーチを全文聞きました。

クリントン元大統領は、琉球王国の最後の王、尚泰王の詩をスピーチの中で引用したことにとてもおどろきました。(しかもちゃんとうちなーぐちで!)その詩を聞いたら、何だか泣きそうになりました。

「イクサユンスマチ、ミルクユンヤガテ」。「戦の時は終わりゆく。平和は遠からじ。あきらめる事なかれ。命こそが宝なり」


なのに、今は日本政府はまた戦の時を自らむかえたいみたい。集団的自衛権やらなんやら。犠牲者や遺族の想いは置き去りで。

私の尊敬する元編集長が、翁長知事を応援するために菅原文太さんを沖縄に招いてくれたのですが、その時の文太さんの名演説に賛同します。

「政府の役割はふたつあります。ひとつは国民に安全な食べ物を食べさせ飢えさせない事。もうひとつは絶対に戦争をしないこと。沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も空気も風も、すべて国家のものではありません。そこに住んでいる人たちのものです。辺野古もしかり!勝手に他国へ売り飛ばさないでくれ。まあそうは言っても、アメリカにも、良心厚い人々はいます。中国にもいる。韓国にもいる。その良心ある人々は、国が違え、同じ人間だ。みな、手を結び合おうよ。」

きっと沖縄県民も色々な意見があると思います。基地があるから沖縄は潤っているとか、アメリカ軍人も良い人達だからいてほしい、とか。軍人でも私だって個人レベルでとても尊敬して大好きな人達いるし、軍用地のおかげで潤っている人達も知っています。が、何だかそれとこれとは話が別な気がする。軍用地も一部の人にしかお金入っていないし、個人の利益だけみるんじゃなくて、沖縄としてこの先どの方向に進んだ方がいいのか、じゃあ今どうするべきなのかを考えないといけないと思います。私は、沖縄をこども達にとって良い環境、目指すは日本一こどもが幸せな島にしたいから、だから沖縄で働いているわけで、その将来のあるこども達に戦争に行って傷ついてほしくないよ。


なので、甘いといわれようが私は平和主義です。戦争したくない〜戦争をする道具やソルジャーを育てる場所もいらない〜。「唯一の解決策」が口癖の日本政府だけど、ひとつの結果にたどり着く方法は何通りもあるものです。道は絶対1つじゃない。今ひとつしないのなら、今から切り開けよ、と思う。こんな小娘でも、職場で新しい職種ではいって、新しい道作っている実感あるよ。頭脳明快な役人が沢山集まっている政府なら新しい道筋なんて簡単に作れると思いますが。


何か、戦争とか沖縄のこととなると想う事一杯。熱くなりすぎます。
職場で、うちなーんちゅ同士がいじめあったり、喧嘩したりしてるの見てると、なんでやねん!(何でか大阪弁)とつっこみたくなります。仲間であるべきでしょーが、と。敵は別にいるのに。海外でたら、沖縄ってことでの差別だったり日本人ってことでの差別だったりあって、沖縄人として団結しないといけないのに。まあ視野を広げていったら私達地球人だし、敵は宇宙人?いや、宇宙レベルでみたら宇宙人も隣人かもよ。って考えたらみんな仲間でいいのにね!

ってことでみんな仲良くすればいいのに!という結論です。(まとまった!!。。。。か?)
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natsu

Author:natsu
生まれた時から沖縄の太陽に焼かれ、、ただいま、CAの太陽に焼かれています。

2009年8月より沖縄へ戻ってきました。

2012年再留学。
まだまだ落ち着かない。未来は未知数!

2014年、約7年の道のりを経てやっとチャイルドライフスペシャリストになれました。というわけで今はまた沖縄の太陽に焼かれています。

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